岡市 尚士
シャベルを振り下ろさなければ何も進まない。瓦礫の上を歩いてるだけの毎日が無意味なことぐらい、よく分かっているのだ 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第157話」
前回「瓦礫に咲く、あの日の週刊プロレス」において
世間がそろそろ、次に向けて動き始めているフェーズにおいて完全に持て余しTENGAでおちゃらける俺はマジで無力だ。何の役にも立っていない。
田の浜を見てみろ。
日が暮れるまで瓦礫に向かってシャベルを振り下ろしつづける人達がいる。
俺はいったい一日中、何をやっている。
「いつまでこうやって瓦礫の上を歩けば良いのか」と
途方が消防団のハッピ着て、瓦礫上をただ移動してるだけの存在ではないか。
恥を承知でいう
完全に心が折れていた。
自衛隊、海上保安庁、他所からのボランティア、etc…いわゆる支援者の皆様に「おんぶに抱っこ」の状態
少し役に立てることがあるとすれば
「水死体の目利き」くらいだ。
《全6項目》
・水死体の目利き《1/6》
こんな事があった。日中、海岸沿いですれ違ったボランティアの方が俺に向かって
「あっちで、あ!遺体だ!と思って近寄ったんですが違いました。人形でした。ビックリしましたよ」
そう仰ったのだが、駆けつけてみると
案の定、遺体だった。
この頃に発見される水死体は、どれも白い生地で作られた人形の形相を呈していた。
腐敗段階を知らずに、いきなりこれを見たら誰だって海から流されてきた人形だと思うだろう。
そんな事がたまに起こりつつ、役目を終えた俺はまた瓦礫に戻り途方に姿を変えるのだ。
・瓦礫の上を歩いているだけの毎日が無意味なことぐらい、よく分かっている《2/6》
この頃には水道や電気などのライフラインが復旧し、残存地帯の人々が避難所から田の浜に帰ってきたので
新たに「配給」という仕事も日課に加わったのだが、夕方に数箇所を回るだけなので短時間で終わる。
だから基本、瓦礫の上を歩いているだけで一日一日をとても無駄にしている。
それでも、自衛隊による重機作業や″海猿″と呼ばれる海上保安庁の海上捜索がある日は「遺体目利き班」として作業の傍にビッタリ張り付いて頑張るし
「山から煙が出てる」と消防庁から連絡が来りゃ巨大なリュックサックのような噴水器に20ℓの水を積み、それを背負って山のどこにだって登る。
しかし、そんな″イベント″も毎日あるわけではない。
指示が無いのをいい事に怠惰な方向に流されている。
シャベルを振り下ろさなければ何も進まない事なんかよく分かっている。瓦礫の上を歩いてるだけの毎日が無意味なことぐらい、よく分かっているのだ。
支援者の皆さまに申し訳ないという気持ちがあるにも関わらず、実際はおんぶに抱っこで甘えている現状は田の浜の人間として中々、情けないものがあった。
・あきらかに精神的に参っている先輩達《3/6》
おそらく消防の先輩達にも似たような思いがあったのではなかろうか。その日も瓦礫を歩いていると先輩が拾ったアコースティックギターを抱えてきた。
「これで何か歌え」というので
3本しか残っていない弦をチューニングして、ふと思いついた欧陽菲菲のラヴ・イズ・オーヴァーを歌った。
俺を取り囲んで瓦礫に腰掛けている先輩の内の一人が泣いていた。
俺の歌声には人を感動させる力なんか1ミリもないと思うが、ラヴ・イズ・オーヴァー自体の素晴らしさと瓦礫風景がたまたまマッチしたのだろう。
いずれにしても、みんな精神的に参っていた。
ちなみにこの時のギターはそのまま勝手に引き取り、今でも大切に持っている。
・そういえば柔術は…《4/6》
そしてこの頃、草柔会岩手の仲間/高橋大記が市職員として山田高校まで派遣されてきたという情報を聞き早速会いに行った。
職員として正装のタイキと、消防団のハッピ姿の俺という出立ちは再会のシチュエーションとしてはあまりにも浮世離れし過ぎており
かつてクリスマスの練習後に大雪の盛岡大通りで泥酔しナンパしたのが、…何?たった4ヶ月前だと?
はるか大昔のことのように感じるが、あの日大雪の中でベロンベロンになってた俺らも、こうやって山高の肌寒い夜風に吹かれながら一服し途方に暮れる俺らもそのどちらもここ最近の現実で起こっている話だ。
そういえば、かれこれ二ヶ月近く柔術をやっていない
二ヶ月のブランクなんざ大した事はないが、このまま瓦礫の上を歩き続ける限り、もう柔術に近づく事なく人生を終える可能性だってある。
勝手に妄想して、目の前が真っ暗になった。
・俺を柔術に連れてって《5/6》
そんな妄想に気が狂いそうになり、何回目かの田の浜来訪を果たした草柔会岩手代表/阿部さんに
「どうしても練習に連れて行って欲しい」とお願いし阿部さんが田の浜をあとにするタイミングでそのままこっそり練習に連れて行ってもらった。
もちろん消防の人達には何も告げていない。しかし、この頃はやる事もないため誰かが日中に欠けていたとしても特に問い詰められない空気になっていたので、まあ大丈夫だろう。
ただ、柔術なんてテメェの道楽のために行ってきますとは口が裂けても言えないので阿部さんを送って来るついでにどっかで一緒にメシでも食ってきますということにしてしまえと
久々の練習は、夢の中にいるようではあったが
正直60%くらいしか柔術に浸かれなかった。
スパーリングをしながら「これが終われば、また瓦礫を歩き続けるだけの日常に戻らなければならない」という、この40%の強迫観念が邪魔だった。
・貴方達のことは一生忘れん《6/6最終項目》
それにしてもこの時期、俺の我儘を全身に引き受けてくれた阿部さん(それ以降もだが)はじめこちらまで駆け付けてくれた知人の方々には頭が上がらない。
それは阿部さんに続き、田の浜に現れた横田君しかり
自身も被災した市に住んでいながら俺周辺にまで気をかけてくださった片山さんはじめ片山兄弟妹
消防団屯所まで物資を届けに来てくれたバンド仲間・よしこママ(exスネアー)とそのお仲間さん達
俺が抜けたBOSTON☆CLUB BANDに加入したミチルは地元・秋田の知人達と田の浜に来てくれた。
頑固プロレス・アイアンマン西田レフェリーの紹介で東京から車で駆けつけ泥出し作業を手伝って下さったレスリングチーム/ゴールドキッズの成國晶子代表、今やエリートレスラーに成長した息子の成國大志君、保護者のみなさん、知り合いの大学生
我が代々木フォレスト柔術クラブ会長、酒井峰行先輩盛岡から帯同してくれた田口くん
あれから10年経つが
みなさんには何ひとつ返せていない。
しかし日常のあらゆる空間で、これは手を貸した方がいいのか?と躊躇しそうな場面で真っ先にみなさんのことを思い出し、少しだけ活躍している。
そんな、貴方達が駆けつけてくれた2011年4月下旬
山田湾で祖母の遺体が上がった。
つづく
次回「死」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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