岡市 尚士
プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで 第57話「そもそもレスリングは楽しいのか?」
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97年秋の国体が終わり
一学年先輩で最後まで部に残ってた主将/3年生アキラ君が国体出場を最後に引退。
アキラ君が去って「俺たちの時代」になった我々2年生。
その最初の合宿で先生方からニューリーダーになった商業/水産の我々7人に向けて
説教が行われた。
これ別に誰かが何かやらかしたワケではないんですよ。多分俺らニューリーダーに何とか奮起して欲しいが故のあれです。
というのも宮古商業レスリング部にはかつて「超黄金世代」とも呼べる時代がありまして。
特に俺らの8個上(1972年生まれの代。キムタク世代)に「星さん」というバケモノみたいなOBがおりました。
星さんは高校三年生だった1990年。フリースタイル54キロ級で全国高校生選抜とインターハイの二冠に輝いております。
30年以上続く宮古商業レスリング部の歴史で男子の全日本タイトルを獲得したのは2019年現在、星さんただ一人だけ。
そんな星さんを囲むようにしてこの前後の世代はモンスター級のOBがゴロゴロおりました。
先生方はそんな超黄金世代を育て上げた経歴があるので我々がいまいちパッとしないもんだからきっと悔しかったんだと思います。
やっぱり星さん達と比べるとどうやったって堕落してるように見えるわけですから。まあ実際EATを心の拠り所にしていたくらいですからね(笑)
そんな先生方の忸怩たる思いからの冒頭の説教だったのかなと憶測しておりますが
この説教中、商業チームのテッコヤンこと福士哲也の態度に先生のひとりが激昂するという一幕がありました。
「殺す」という不穏なワードも飛び出す、、
それは説教界でも稀に見るシリアスな一幕だったんですけど。
翌日
水産チームの一人が脱走した。
名誉がありますので名前は伏せますが。
後日バッタリ会ったんですよ。
んで、なんで矛先が自分に向けられたわけではないのに逃げたのか聞いたら
「怒られたのがテッコヤンだろうが誰だろうが、レスリングをやるのにあそこまで言われなきゃならないなら楽しくなくなる。だから辞める」と
レスリング部のみならず部活動が抱える闇が集約されているような彼の言葉。
俺もずーっと疑問に思ってたんですよ。
なんでみんなレスリング部やってるの?
みんな一年前と比べてすげー強くなってはいた。
だけど全然楽しそうじゃない。口々に「早く引退したい」って言ってる。
俺なんかは脱走した、せめてもの「つぐない」として引退まではイヤイヤやるけどさ。
でもみんなは何で続けてるの?
そもそも部活って選手自身がやりたい!って主体性を持って選手ファーストみたいな感じでやるべきものなんじゃないの?
でもここは違うよね。明らかに先生の顔色を伺った練習しかしてないよね。
そんな先生達だっていつもピリピリしていて笑顔がない。
じゃあレスリングって誰のためにあるの?
ていうか、そもそもレスリングって楽しいのか?
野球、サッカー、バスケなんかは遊びとしてやるけど遊びでレスリングやろうか!とはならない。
楽しくないんだったら何でレスリングって存在してるの?
レスリングを楽しんでる人間なんているのか?
と思ってレスリング道場を見渡してみれば
居た!!
OBです。
OBの先輩方々は出稽古に頻繁にいらっしゃいました。
失礼を承知で告白するならOBの誰かが来るたびに「うわ・・きたよ」と思っておりました。
理由は簡単です。OBにスパーお願いしに行かないと大砲が飛んでくるのが分かっているので真っ先にお願いしに行くんですけど、ヤル気のある素振りを演じるのがたまらなく辛い。
そしてOBの先輩方々はみんな楽しそうだった。
せっかく今日もいい感じで目が死んでたのに元気ハツラツとしたOBが道場に入ってくるだけでゲンナリするんですね。本来なら低空飛行で練習終わらせられればベストなんですよ。
「引退したのにレスリングやりにくるなんてまじで頭おかしいんじゃねえの?!」
これは来てほしくないイヤミでも何でもなくて
心からそう思っていました。
レスリング=地獄としか思えなくなってる俺らからしてみれば引退してんのに練習に来るOBの気持ちが全く理解できないんですよ。
しかし立場が違うと見方も変わるもんです。
全強制でやらされてるのと
自由にプレイできるのでは同じ競技でも180度違って見えます。
俺らには「地獄」でしかなかったレスリング道場も
立場が変われば「憩いの場」にもなり得ます。
きっとOBの先輩方は癒しを求めてここに来てたのではないでしょうか。
仕事で鬱憤が溜まってても軽く汗を流すとスッキリするし。
スパーたった1本だけで切り上げても誰からも怒られないし。
世間話だけでも全然オーケーだし。
それって
2019年現在、格闘技ジムに通う我々の姿そのものじゃないか。
でも残念ながら現役の内は心底それが理解できないのですよ。
OB達は純粋に楽しいなって思ってても、それを側から見てる部員達の目には「く、狂ってる!」としか映らない。
だからOBの村上さんが「格闘技好きの友達を連れてきたから」って
パラエストラ久慈(現在はアカデミア・ラッソーナ)を設立するよりもっと前の
若かりし頃の鹿糠智樹先生を連れてきた時は
え!!自ら好んで格闘技をやってる人がいるの?!
と本気でカルチャーショックでした。
97年当時、この日本で組技系格闘技をやってる大人なんてプロレスラーを目指す人かレスリング部OBしかいないと本気で思ってましたから。
社会人でも主婦でも格闘技が嗜める時代がくるのなんてまだまだ未来の話。
そんな格闘技の開拓時代ともいうべき1997年にレスリング道場に現れたOBの先輩方々や鹿糠さん。
競技が完全にトラウマでしかなくなってる俺にとってはそんな先人達の姿が好奇にしか映らなかったのも1997年の時代背景なのかなと思います。
でも少し風が吹きつつあるのは誌面を通じて感じてはいました。
そろそろ新しい格闘技イベント「PRIDE」が開催されます。
つづく
次回「高校生レスリング部員から見た高田延彦vsヒクソングレイシー」←読めます。
※注/現在の宮古商業レスリング部は決して部員にトラウマを抱かせるような準昭和スタイルではなく。意識高い系の完全令和スタイルに変貌を遂げておりますのでどうぞご理解のほど宜しくお願い申し上げます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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