岡市 尚士
プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで 第41話「キムタクと薄れゆく意識の中で」
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1996年、高一の春。子供の頃から得意だと思っていた減量に初めて苦しんでいました。
「5キロの壁」
レスリングに階級があるのはキッズも同じで2〜3キロぐらいの体重調整なら小学生の頃からやってましたし
昨年、中三で初出場した全国中学生選手権では初めて5キロ減らしましたけど、そんなに苦ではなかった。
これは個人的な所感ですけど、体重2キロ前後の増減であれば発汗とか排尿とか日々の生活であり得る可動域だと思います。
これが5キロの増減になると、Tシャツが絞れるくらい多めに汗かいて、ほんで食事少し我慢すればお目にかかれる数値だと思ってます。もちろん基礎代謝や体型によって個人差はありますけど
こんな感じで昭和〜平成レスリング界の減量って、長期的なダイエットと違い、要はその″瞬間最大風速″を計量時までに合わせればさえ良いだけで
少しムチャではありますけど計量が試合前日だからこそ実現可能な、我々にとっては一番ポピュラーな体重調整方法かもしれません。
もちろん「あ、しんどいな」と感じる始める領域も、人それぞれで
俺の場合それが大体5キロ以上を超えた辺りなんだなぁというのを表すバロメーターとして
「ロンバケ」で婚約者に失踪された山口智子が彼の家に押しかけてきたんだけどその婚約者は居らず、同居人/キムタクが困り顔をしている。
という冒頭の印象しかなく、どういう経緯でこの二人が恋仲になったのかプッツリ記憶が途絶えてる。
っていう思い出が
まさにその「5キロの壁」を物語っています。
四月から始まった月9ドラマ″ロンバケ″こと「ロングバケーション」には期待していました。
当時は毎クールごとに何かしらのドラマは観ていて、前クールは「白線流し」その前のクールは「未成年」1話から最終回までバッチリ観ました。
そして今クールは、ロンバケで決まり
ちょうど来月5月のGWに横浜文化体育館で行われる、JOCことジュニアオリンピックカップに一年生だけどキャリアのあるユズルと俺の二人だけ入学早々に出場が決まったばかりで
それに向けた体重調整のちょっとした息抜きとして、キムタクに少し年上の山口智子をぶつけてくるという神キャスティングのロンバケはめちゃくちゃ楽しみでした。
しかし想定外の出来事が
ある夜、自宅近くの自販機に缶コーヒー買いに行こうと外に出たら山田高校に入学した田の浜の同級生何人かが歩いてるのを目撃して「おおおお久しぶり!」って駆け寄ったんですけど
一瞬、俺だって気付かれなくて
「なんだ、おがいっつぁんか!別人がど思ったー! …それにしても、すげーガタイが良ぐなったーね!」
っていうみんなのリアクションで
入学前の合宿や練習の成果なのか、自分のカラダ付きが変わっているというのを、知ったんですけど
でもまさか、体重もこんなに増えてるなんて…
出場予定の48キロ級まで、5キロ程度の調整で済むと思っていたのが、この短期間で俺の身体は逞しく成長したのに伴い
体重も2〜3キロ増え
という事は7〜8キロの減量ということになり…
未知の領域
さあ、どうやって落とすのか
答えは簡単です。
自らを衰弱に追い込んで落とすのです。
サウナスーツ着込めば、たった一回の練習で3〜4キロは落ちます。
それ以外はメシも水も極力摂らない
これを繰り返すと体重は簡単に落ちます。
ただし5キロまでは
5キロ以降が停滞して全然、落ちない!
この停滞期が
ロンバケの2話、3話あたりと同じタイムラインで
♫まわれまーわれメリーゴーラウンド
なんて耳に入る余裕なんてない。
自分自身の目がまわってしまってLA LA LA LOVE SONGどころじゃない
今にしてみたら、こんな減量法なんてヘタしたら命の危険さえあるので絶対やめた方が良いんですけど
でも当時はこんな感じで体重を落としてた高校生レスラーって多かったんじゃないですかね。
本来なら脂肪だけ極限まで削ぎ落としてハイブリッドボディを造りきったあと、一瞬だけ水抜きして体重を合わせるっていうのが理想なんでしょうけど
現代みたいに運動中の水分補給がちゃんと推奨されていて、あらかたの体脂肪率まで測れるTANITAの体重計とか、サラダチキンみたいな腹持ちのいい低脂肪食が手軽に手に入って、SNSとかで意識高い系を保っていられる事が可能な
そんな時代じゃなかったんで
平成っつったって意識は昭和
部活中に水飲んでるのがバレて、ブン殴られたとしても文句は言えない
トイレに行った時、手洗い用の蛇口でちょびっとだけ飲むのが精一杯
そして衰弱に衰弱を重ねて
ようやく落ちた7キロ弱
薄れゆく意識のまま、朦朧としながら乗り込んだマイクロバス
ほぼ全員が減量中の宮古商業レスリング部御一行様は深夜高速で搬送されます。
空調の悪い、淀んだ車内
約10時間の暗闇をじっと耐え
やってまいりました花の都・大東京
昨年の修学旅行、赤耳付きのリーバイス501を求めて古着屋巡りを楽しんだココロ踊る東京の風景がどこにもありません。
一滴の水すら舐めたいゾンビのような我々は
やたら暑い五月の東京に体力を奪われながら
普通のホテルじゃない感じの宿泊施設に荷物を置いてすぐに向かったのは
都内のどっかにあるダダっ広い公園
部員のほとんどが減量しており、計量前日の体重調整でランニングをするために連れてこられたんですが
すでに体重が落ち切っている俺は、本来なら計量までゆっくりしてた方がいいのに
空気を読んで、みんなと一緒に走りました。
でも衰弱して歩くのもやっとの状態なもんですから、すぐにみんなから離れて迷子になっちゃったんです。
つうか、ここ公園っていうか森だろ!
ってぐらい広大すぎる森林の中を
途方に暮れながらダラダラ歩きました。
そんな森みたいなところでも、人はチラホラいて
それこそロンバケに出てきそうな若者達とか
ハイソなオジさまオバさま達が
そこらじゅうで犬を散歩してたり、芝生に寝そべってたり、バドミントンしてたり…
この人たちの人生と、俺の人生
変わってくんねーかなって
どうやったら、この人たちみたいな人生が送れんのかなって
いっそこのまま迷子のまま行方不明になってもいいや
って思ってたら
俺を探しにきた健太君と会いました。
あれから十数年後…
東京で行われる試合のため上野先生率いる山田クラブが上京してきた際、応援に行ったんですけど
ああっ!ここだ!
あの時、俺らが泊まった宿泊施設ってここだ!
「国立オリンピック記念青少年総合センター」
小田急線・参宮橋駅から徒歩7分
上野先生・御用達、というか全国のレスリング関係者に広く利用されてるんですね。試合会場としても使われてますし
んで、あの時の俺が迷子になったのが
この施設の裏手にある代々木公園ね!
なるほど!
たしかに森っぽいし、迷子にもなり得る広さ
実際そこらでランニングしてるちびっこレスラー達もチラホラ見かけて
あん時の俺らと同じだわーって
んで、この時に限らず、都内のいたるところで部活かなんかでランニングしてる集団がいますでしょ。
よく行く光ヶ丘公園でも、次男を連れて散歩している横をたまに通るんですよねランニングの集団が
その群れからだいぶ遅れて
「この世の終わり」みたいな顔した少年が
次男と俺の横を走り抜けていくたびに
「ロンバケ側に来れる日は必ず訪れるぞ!がんばれ!」って心からエール送ってます。
つづく
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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