岡市 尚士
2011年のトイカツ道場 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第161話」
前記事「お前ら、負けて逃げるんじゃ。わしらを裏切って逃げ出していくんじゃ。そのことだけはよおく覚えておけ」
2011年5月下旬、被災地を脱出した俺はトイカツ道場の従業員にならせてもらうべく
異国の地・東京へやってきた。
そして上京早々こんな事があった。
最初の数日間だけ友人・服部のアパートに泊めさせてもらったのだが、服部が外出した隙を見計らい
俺は″アレ″を始めた。
おいおい友人の部屋だぞ、我慢しろよ。一般的な感覚ならそう思うだろう。だが聞いてくれ。
信じがたい話だが俺は震災以降、一度も″放出″をしていなかった。しかし神は、友人宅での行いを許してはくれなかった。
早く帰ってきた服部に見られてしまった。
敗因はオカズ選びに時間をかけ過ぎたせいだろう。
二ヶ月半ぶりの放出は服部の顔で、ノーフィニッシュ
こんなスリリングな幕開けで東京生活は始まった。
《全8項目》
・入寮《1/8》
トイカツ道場にそれまで無かった従業員という制度が発足し、それに伴い導入された「寮」に入寮させてもらえることは、あらかじめ聞いていたのだが、ひとつだけ聞いていなかったことがあった。
てっきり俺が従業員第一号だと思っていたのだが
先輩がいた。しかも若い女の子。四月頭から従業員になったらしい。
え、俺が入る予定の寮に住んでいる!?
俺とその子、一緒に住むの!?同棲ですか!?
こ、これってラブコメ第一話のソレじゃないですか!
しかし全国何万人の、居るのか居ないのか分からない村上さおり(現・本房)ファンの皆、安心してくれ!
村上さんとは一年間、一緒に住んだが
1っミリも手を出してない。
・ロッテリア《2/8》
当時のトイカツ道場スケジュールというのは夕方以降のクラスしかなかったため、午前中は中野サンモール商店街の中にあるロッテリアでバイトを始めた。寮から徒歩30秒くらいの近さだったのが決め手だった。
ちなみにロッテリア時代は廃棄の肉やパンを巡っての喧嘩が絶えなかった。震災を経験した身からすると、食べ物を捨てる行為がどうしても許せなかったのだ。
社内ルールで決まってるといっても見過ごせない。「俺は食うからな」と堂々と食っていた(笑)
このように午前中はロッテリア、夕方からは道場へ
しかし廃棄すら食えねえ細かい社内ルールが存在するロッテリアと違い、当たり前だが当時のトイカツ道場にはマニュアルなんてものはなく更地のような状態。
さて従業員として働き始めたのは良いけどクラス以外の時間、何をしていれば良いのか分からない。
早くも壁にぶち当たった。
・トイカツ道場従業員の黎明期《3/8》
掃除や、柔道整復師でもある村上さんの手伝いだって常に稼働しているわけではない
気を抜くと会員のみなさんと楽しくおしゃべりする「ただいつも居るだけの人」になってしまうので
戸井田先生からは「何をすれば道場に人が集まるようになるのか考えろ」といつも怒られていた。
だから最初のうちは俺も村上さんみたいにみんなから重宝されたいと整体やマッサージの勉強をやったり、アキュスコープという医療機器を使った美容みたいなこともやってたが、どれも中々うまくいかなかった。
でも答えは至ってシンプルなものだった。シンプルに格闘技だけで人を集めるにはどうしたらいいか
でも残念な事に俺には全くそれが思い付かなかった。
それまで夕方以降しかなかったクラスを拡大しようと提案してきたのは戸井田先生からだった。
今では朝クラスなんかどこのジムも当たり前のようにやっているが。当時、朝からクラスやってる道場なんかどこもなかったと思う。
誰もがスルーしている事に、実は可能性が秘められているかもしれないと感じた戸井田先生は凄い。
最初は様子見で昼からのクラス拡大だったが、かなり人が集まると見るや、朝7時からのクラスが始まることになった。担当はもちろん月火水木金、俺
本音を言えば、出来れば朝くらいはゆっくりしたい。
それに、こんな早朝からレスリングやりたい奴なんているわけがないと内心、思っていたのは完全なる俺の思い込みだった。
朝どんだけ早かろうが格闘技のニーズはあったのだ。
世の中には朝7時からタックルの打ち込みをやりたい人も存在するのだ。
このように俺のクラスは増え続け
代々木フォレストの練習がある火木の夜だけはクラス担当を避けてもらい、それ以外の時間帯は俺の名前でビッシリになった。
早朝から深夜まで格闘技漬けの毎日。
おかげで震災以降70キロ近くまで増えていた体重も、すぐに60キロくらいに戻った。
そしてヘルニアになった。
・格闘技漬けの毎日《4/8》
道場には朝から晩まで色んな方々が来るので、その皆さんに合わせてスパーリング、打ち込み、筋トレ、、
自分で言うのもなんだが、そんだけやってりゃそりゃ強くなるよという毎日だった。
スパーリングに関していえば、強度の違いはあれど、一日に3回は練習していたので、単純計算で週に20回前後は練習していたことになる。
そして一日中、道場にいるので普通に暮らしていたら見れない景色もたくさん見させてもらった。
特にプロ練には著名なMMA選手もたくさん訪れており練習後の鏡は、激しい壁レスによってまるで心霊写真のようだった。
そこに、ある日「練習させてくれ!」と突然オジサンが訪ねてきたことがあり最初はお断りしていたのだが元プロボクサーだからと、あまりにもしつこいもんだから仕方なく参加を許可され案の定ボコボコにされていた、そのオジサンは
なんとあの「ろくでなしブルース」の″中田小平ニ″のモデルとなった元プロボクサー田中小平太選手だったことがあとで分かり、その一部始終を一緒に見ていた昼クラス組の高橋さんと驚愕しあったのは従業員時代では一、二を争う香ばしい思い出だ。
あと、今や全国区になったお笑いトリオ・ネルソンズの青山君がトイカツ道場の一員なのは会員さんならば誰でも知ってると思うが、鬼越トマホークの坂井さんがこの時期に会員さんだったのを知ってる人はあまり居ないだろう。
それにしても戸井田先生は常人では到底考えつかない奇想天外な発想を思いつく人で
今度は、ボクシングやキックボクシングの打撃クラスも担当するよう提案してきた。
打撃ド素人の俺に対して
・ド素人でもやり方によっては人は集まる《5/8》
普通の感覚なら、実績あるなし以前のド素人にクラスなんか任せられないだろう。
しかし、これにはひょっとして実験的な側面があったのではないかと思う。
戸井田先生は日頃からミット持てる人間は価値があると言っており、ある日から俺と村上さんはミット持ちを各打撃コーチ達に教わり練習をするようになった。
そして俺がいち早く打撃クラスを持つことになったのだが、なんと驚くべきことに、こんなド素人のクラスにも人はたくさん集まってくるのだ。
この現象をヒントに、後のファイトフィットに繋がるのかどうかは分からないが
実績あるなし関係なくミットにめちゃくちゃニーズがあるということだけは間違いないと思う。
ただ困惑することもあった。既存の会員さんなんかは俺がド素人なのを知っているため多目に見てくれるのだが入会したばかりの方はそれを知らないので打撃についてアドバイスを求められると困った。
多くの方々にデタラメを教えてしまっただろう(笑)
そして人気商品ミットは非常に疲れる。
タイ人コーチのノイさんが一時帰国してる間とか代行を務める事が多かったのだが、あれは大変だった。
一日中、ミット待ちの大行列。西日暮里に移動してはミット、中野に帰ってもミットの大行列
もうヘロヘロで。ようやく最後のクラスの最後の一人「ようやく解放される〜、ラストだ〜!」
「はい、ミドル!!」と構えたところにハイキックが飛んできた事があった。あれには参った。
そして自身の担当するクラスは、中野を飛び越えて、新しい出会いもあった。
紫帯を取得したことにより「ネイキッドマン柔術」(高田馬場道場の前身)にて毎週土曜、自身初となるブラジリアン柔術クラスを受け持つことになった。
・ネイキッドマン柔術の人々《6/8》
徹肌イ郎先生率いるネイキッドマン柔術のみなさんは温かく歓迎してくれた。
三浦さん、池和田君、前田君、ザキオカ、リー先生、デカイ佐藤さん、伊藤君、たかお、ダイキ、沼田君、上原さん、ミダラさん、キュウちゃん、
そのほとんどが初対面だったが、つしまさんと有賀君だけは田の浜帰郷前に中野のクラスに来てくれたことがあって「あ、あの時のウスの人だ!」と思い出した(詳細こちらから)
そして、この私の柔術クラスには、中野からも何人か来てくれて、かつて我ら寝技組をウンコを見るような目つきで見ていたはずのカチヨウチ先輩(詳細こちらから)も、どういうわけか柔術を始めるらしい。
そしてこの頃、現在茶帯の神谷さんや怪力の植田さんが見学しに来たことを覚えている。
そんな個性的なネイキッドマンの面々と、土曜の練習終わりはよくサムギョプサル専門店「とんちゃん」に食べに行ってたのだが
隣のテーブルの、大量の食べ残しを「けしからん!」と食べ始める俺に対しての
まるでウンコ人間でも見るような面々一堂の視線にはもちろん気付いてはいたが、オプションのネギを食い過ぎて帰り道、よく下痢になっていたのでウンコ人間もあながち間違いではないのだろう。
・パニィ柔術とは何だったのか《7/8》
そしてどういうわけか、つしまさんとカチさん
それまで三者三様ともほとんど絡みはなかったのに、3人で練習する機会がめちゃくちゃ増えた。
あまりにも頻繁に会うので、新興アプリ「LINE」の我々のグループに「パニィ柔術」と名付けた。
道着に貼るパッチまで作った(笑)それ以来いろんな人から「パニィ柔術って何?」とずっと聞かれ続けているので、ここで説明しよう。
K-POPアイドルグループ「少女時代」はおそらく多くの日本人が知ってると思うが、そのカバーグループ「パニィ」を知ってる人は多くはないだろう。
我々はそのパニィの大ファンで、よく練習BGMに本家ではなく、そのカバーの方を流していたのが由来なのだが現在は活動休止中なのが残念だ。
そんなパニィ柔術の御二方から、合コンに誘われた事があるのだが
俺のトレンチコート&スーツ姿にツッコミが入った。
・トレンチコートの男《最終項目》
信じられないような話だが、俺はウインドブレーカーとトレンチコート&スーツ以外の防寒着を持っていなかった。
だって必要ないよね?寮と道場を往復するだけの毎日にウインドブレーカー以外、何が要る?
トレンチコートとスーツは「歳祝い」という地域行事のため仕方なく買ったのだ。
これで合コンとなりゃ、さすがにウインドブレーカーで行くわけにはいかないだろう。
だったら、消去法でトレンチコート一択なのだ。
このように早朝から深夜まで格闘技漬けで、しんどい毎日なのだけれど、充実した日々だった。
パニィ柔術、ネイキッドマン勢との土曜飲み以外にも
平日には昼クラスチームの中山さん、佐藤さん、中田さん、斎藤(遼)君だったりとか
あとは、おなじみの中野組の岸さん、竹川君、浅田君隊長、シッシー、井藁さん、伊福君、本房君(のちに村上さんの旦那)に2011年ニューフェイスの村上さん結城君を加えた、この誰かしらとよく飲んでいた。
しかし、そんな生活も
たった一年で終わりを迎えることになる。
なんと俺は
父親になるらしい。
つづく
次回「I AM YOUR FATHER〜誠意って、何かね?〜」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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