岡市 尚士
第二波襲来、所謂″3.11″のはじまり 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第148話」
神話「大津波」
ここらへんの人間なら誰でも知ってる。
はるか大昔、岩手県沿岸に地震による津波が押し寄せ
ここ田の浜でも多くの人々や家屋が流されたそうだ。
この神話を子供の頃から祖父母だけでなく親戚/学校/地域行事、他方面から聞かされて俺らは育った。
とは言っても、それは第二次世界大戦よりもっと前の1933年(昭和8年)はるか大昔の話
防波堤なんてまだなく海辺は砂浜だった時代である。
今はこんなに頑強な防波堤があるから大丈夫
しかし生前の祖父は津波警報のたびに、家族の誰よりも早く一人でさっさと避難して行った。
そんな祖父を見て
「爺やんは大袈裟なんだぁ」
そう言って真夜中に津波警報が発令されようとも飲みに行ったっきり帰って来ない
もしくは家に居たとしてもまた寝床に戻っていく父・修一の主張にも、なるほど頷けるものがあった。
そう。現代には防波堤がある。
逃げる祖父と、寝床に戻っていく父
幼少期よりこの相対するイデオロギー論争に挟まれ
警報のたび高台にある親戚宅まで、祖母に手を引かれ避難しながらも
俺は、父の主張する防波堤安心論を推していた。
というか毎度、警報が発令されたところで津波なんか結局来ない。
ゆえにプロレスやジャッキーチェンにしか興味がない子供からしてみれば
大津波も、戦争の話も、江戸時代も同じ
はるか大昔にあったと云われる神話にしか過ぎないのである。
(前記事より抜粋)
しかし
大津波は実在した。
80年ほどの長い年月をかけて構築された
のどやかな価値観を
破壊しにきたのだ。
「黒い煙」の形相を呈し
我々の前に現れた大津波
いわゆる″第二波″は
防波堤全体まるごと飲み込んだのを皮切りに
猛烈な勢いで田の浜を駆け昇ってきた!!
我々は悲鳴とともに山へ走った!
それも束の間
あちこちで悲鳴が渋滞している…!
振り返ると
高台の玄関部まで迫り上がった津波によって
道路が川のように氾濫!
そこに逃げ遅れた人々が…!
その場にいた消防団員数名で、迷わず川に突入した。
腰まで川に浸かりながら、とりあえず目につく人達を避難させるという作業を特に誰の指示というわけでもないがみんな一斉に始めた。
あっちの方では流されてきたバスが家と家のあいだに挟まっており
それによって動けない男性がいた。
なんとか電柱が盾になり身体を潰されずに済んだその男性の他、歩けない人達はおんぶして消防団屯所2階の和室大広間まで案内した。
そのうち波が引き、元の道路に戻ったが
運ばれてきた瓦礫の尻尾はそのまま一帯に残った。
とりあえず逃げ遅れた人達は全員誘導したつもりだが
この木っ端微塵の風景の中から、何かを認識する能力が、まだ俺の肉眼に備わっていないのに加え
日が暮れてきた。
日暮れの中、目を細めながら逃げ遅れてる人は居ないか、あちこち探していたら
向こうの方から呼ばれた。
火事だ!
津波が押し寄せたギリギリのあたりの
半壊した家から火事!
すでに駆けつけていたポンプ車で放水の準備!
普通こういう場合、慣れている人間がホースの先頭に立って放水するのだが先輩のケンさんも同級生のヒデやトモも仕事で田の浜から離れており
ここらへんには少数の消防団員しかおらず
たまたま早く駆けつけた俺がホースを握ったのだが、皮肉にもこれが消防団員としての初仕事になった。
大きい火柱が落ち着き、完全鎮火まであと少し!
…というところで水が出なくなった!
津波により水道管が機能を失っていたのだ。
消防のポンプ車というのは一般の水道管から供給してもらい放水するため、こうなってはもうお手上げだ。団長のユウさんにも誰にもどうすることも出来ない。
鎮火しかけた火柱はまた立ち上がった。
しかしそれだけでは済まなかった。
新たな火種は至るところから発生した。
こちら高台から見渡せる田の浜全体のシルエットは
日暮れ前後の暗がりの中でも
あきらかに奇形だと認識できるほど変形しており
凄惨なリンチによって姿形を変えられた上に身体中に火をつけられたかの如く
津波が去ったあとの田の浜は、あちらこちらで次々と出火を始めた。
おそらく各家庭の灯油ストーブによる火種が瓦礫の下で燻っていたのだろう。
ポンプ車による消火法はさっき絶たれたばかりだが、まだ望みはある。
生存している家屋の中から、浴槽や洗濯機にまだ水が残っているお宅を探してもらい住民でバケツリレーで対抗した。
善戦はした。
だが数軒分のストックは、火の拡散力に追いつくことができなかった。
万事休す。もうこれ以上、田の浜から水分を抽出できない。
そして気付けばもう夜中近くだ。
なおもトーナメント表のように順当に田の浜を支配してくる火災を
我々は、夜中の冷えきった寒気と、無言でどこかしらあきらめムードが漂ってる空気感の中で
ただただ見続けるしかなかった。
実家も、もう死んだし
なんてことは、もうとっくに承知してる。
あんな津波を見せられたら誰でも観念する。
途方に暮れていたらジョウジに会った。
昨晩、GRAACAさんに連れて行ってもらったのが遠い昔の事のように感じる。
そんなジョウジが言った。
「…東京タワーが壊れたらしいですよ!」
人伝に聞いたらしい。
それって事実証拠なんか一切ない、又聞き話なのだが
電気も死んだ村で
携帯も圏外
一切の情報が遮断された状況下で
目の前には、暗闇に包まれた奇形の故郷
東京タワーが半分から折れるシーンを連想した。
ジョウジの話を疑う余地はなかった。
東京のみんなの身を案じた。
バンド時代の関係者、代々木フォレスト柔術クラブ、トイカツ道場、頑固プロレス、コールセンター時代の同僚達、登戸の人達
最近会ってきたばかりだ。
しかし、東京タワーが崩壊したのであれば
もう日本は終わりだろう。
政府も崩壊してるだろう。
奪い合い、殺し合いの時代が訪れる。
そうなったら俺は
この裏山に潜伏して生き延びるしかない。
東京のみなさん
それまでどうか生き延びてください。
そんな得体の知れない夜を過ごした。
そして、そろそろ夜が明ける。
地獄が始まるのはこれからだった。
つづく
次回「朝が来た、地獄絵図 〜3.11の夜明け〜」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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