岡市 尚士
朝が来た、地獄絵図 〜3.11の夜明け〜 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第149話」
パニック映画の中にいるような一日だった。
大きい地震が起こって/田の浜戻って
津波きて/逃げて/人々逃して
出火して/放水して/水が尽きた
(くわしくは前記事「第二波襲来〜所謂″3.11″のはじまり」参照)
しかし一晩中、3月の寒気に頬を刺されながら
田の浜が焼かれる臭いに、執拗に鼻腔を突かれ続け
これは現実であると観念している。
そしてバッタリ会った後輩ジョウジから「東京タワーが倒壊したらしい」という伝聞を聞いた。
日本は終わった。
そして、そろそろ夜が明ける。
朝が来れば、何が待ち構えているのか…
(全7項目)
・朝が来た、地獄絵図(1/7)
青白い空気とともに姿を現したその村は
我々が子供の頃から駆け回った田の浜ではなく
どっかの惑星に中身を入れ替えられたような
奇怪な形相を呈していた。
特に、我が母園「わかき保育園」あたりは
まるで巨大な丸アイスクリームの上を歩いているかのようで、お菓子の国に迷い込んでしまったのか?!と一瞬、連想してしまうほど常軌を逸した地形に歪み
遠目から見れば薄茶色の丸アイスにも見えなくもないそこには色鮮やかな漁具の「網」が渦巻き模様を加え電柱や木々がトッピングかのように挿さっていた。
そして丸アイスを更にズームバックしてみれば
芋けんぴが山盛りにされすぎて今にも大皿からこぼれ落ちそうな形相の瓦礫が村全体を埋め尽くしており
ひかえめに言って地獄絵図だった。異臭も酷い。
巨大な洗濯機のような波にグルングルンかき回されてこんな形相になったのだろう。
そんな異空間をジョウジと歩いていたら
向こうの方から助けを呼ぶ声がした。
・次々と上がる御遺体(2/7)
ジョウジと駆け付けると半壊した家の奥様のご様子でお家の中にお邪魔すると
押し入れの中に、ご主人の御遺体があった。
これを見て正気の沙汰でいられる人間はいない。
当たり前だが葬式以外で御遺体を見るのは初めてだ。
しかし、悲しむ御遺族を前に、無理して神妙な表情を作る以外に振る舞い方が分からなかった。
とりあえず二人で外に運び出し
この御遺体をどうするべきか指示を仰ぎに行ったら
こちらでも御遺体が上がっていた。
さっき俺らが運んだ遺体は比較的綺麗な状態だったが
こちらは衝撃的だった。
顔以外は服も綺麗で、まだ肌の色も残っていたが
顔だけがフェンスの模様だった。
あまりの酷さに言葉を失っていると端を発したように次々と遺体が上がる声がした。
昨日、家と家に挟まれていたバスの下にも一人いた。
この状況下で世界がどうなっているのかも分からないが、とりあえず見つかった御遺体達は瑞然寺のお墓の前にブルーシートで包んで名前or身元不明をマジックで書いて安置しておこうということになった。
・田の浜の人々の安否(3/7)
よそで生存していた村人達が、昼頃から田の浜に続々と戻ってきはじめた。
もちろん一般道は瓦礫で塞がれているので、その瓦礫の上を歩くなり、山道を歩く等、みんなどうにかして戻ってきたとのこと
同級生のヒデとトモ、先輩のケンさんはじめ消防団の人間は全員無事だった。
トモは地震後、宮古市津軽石でウチの父親とバッタリ会ったそうで、ちゃんと避難して行ったから大丈夫だと言っていた。
そして山田町内から田の浜に戻ってきた先輩からウチの母親が無事に生きていることを聞いた。
家族として絶望的に団結力がない岡市家だが、無事で本当に良かったと心から湧いてきた。
そして聞くところによると、やはり宮古市も山田町内もこちらと同じく壊滅的な状況らしい。
続々と戻ってくる田の浜の人達と同じ昨日を味わった同志として、それぞれの昨日を情報交換していると
その輪の中にいたオジサンの
息子さんが、向こうから近づいてきて
「お姉が死んだ」と泣きながら知らせに来た。
オジサンの顔をまともに見れなかった。
その場にいた俺含め他の人間の方が堪えきれなかった。
そして、その亡くなったお姉は
「シーサイドかろ」の職員
ウチの祖母が入所している老人ホームの職員だ。
入所者/職員合わせ2割しか助からなかったらしい。
その2割に居てほしいが
正直、そこまでの自信が芽生えてこなかった。
でも、どうか助かっていてくれ。
・精神を削る、終わりの見えない山火事(4/7)
遺体捜索と搬送は日暮れまで続いた。
一日で10体以上、ブルーシートに包まれた御遺体達がお墓の前に並んだ。
そして日暮れ後に待ち構えている消火作業を考えると正直げんなりした。
昨日、津波が去ったあと発生した火事は平地の瓦礫を燃やし、その多くはほぼ鎮火したが
火の塊は田の浜を駆け登り続け
生存した家々を伝い、とうとう山に引火してしまって「山火事」に姿を変えた。
山火事というのは建物火災とは比べものにならない程厄介なもので
消しても消しても火の塊は、土中の根っこで燻り続け
まったく違う箇所からまた出火する。
世界中の山火事が長引く、大半の原因はこれだ。
それは今回も例外ではなく、山の奥の方から出火し、すでに激しく燃えているらしい。
昨日は村中の水分が尽き、万事休す状態だったのだが
今日、我々が遺体搬送をしていたその裏で
団長ユウさん含む別の班が、山水を利用して、側溝に一定量の水が貯まるようこしらえていたのだ。
そんな夜通しの山火事消火作業に向け
「頑張ろう」って気持ちが全く湧いて来ない。
なんせ昨日からずっと寝ていないのだ。
そして何も食ってないし、何も飲んでない、
それは全員そうなのだが
これから一本20メートルの消火用ホースを、何十本も繋ぎながら、山の奥を目指して登っていかなければならない。
おそらく夜中じゅうは山から降りて来れないだろう。
そんな真夜中の山火事消火作業中
クソ野郎を見た。
・震災とクソ野郎(5/7)
こんな生きるか死ぬかの瀬戸際においても
クソ野郎はクソ野郎だった。
種別としては「ただ悪口を言いたいだけ」のクソ野郎
誰のためにもなっていない、生産性も全くなく
共感も生まれない、悪口のための悪口
いや、こんな大変な事態になってしまい、愚痴りたくなる気持ちは分かる。
そして人間誰しも少なからず、悪口を嗜みたい気持ちみたいなものを持っているのも事実だと思う。
しかし、こんな生きるか死ぬかの瀬戸際においても、 ″嗜み″を発動させる神経が全く理解できない。
今日、何体も遺体を見てきたはずだ。
遺体に向かって悪口なんか言えないだろう。
もしも悪口の対象が死んだとして
こいつは遺体に対しても悪口を言うのだろうか。
絶対、言わないだろうな。
こいつは人間が目の前で生きている限りは悪口を言い続ける生き物なのだろう。
地獄の果てまでクソ野郎で、反吐が出る。
この山火事作業中に見たクソ野郎を発端とし
この震災を通じて、本来人間が持ってるクソな性質についてよく考えるようになった。
・憤慨(6/7)
そんな腹立たしき山火事消火作業であったが
交代で休憩して良いということになった。
え、今って夜中3時過ぎなのか。くそったれ
一旦下山して、田の浜の人々を避難させてる消防団の屯所に戻った。
空いてるスペースで、少しだけでも寝れればと思って横になった瞬間
「…おい!誰か!」
今度はなんだよ!!
…クソが!と起きると
何やら二階に避難しているうちの一人が
そこにあった酒なのか、自宅から持ってきた酒なのかは分からないが、かなり酔っ払っており
それは大いに結構なのだが
トイレに行こうと階段を踏み外して転倒し
額を切って出血してしまったので
誰か一緒に起こしてくれとのこと
ふざけんな!!!!
こっちは丸二日、一睡もしてねえ!!
何も食ってねえ!!何も飲んでねえ!!
クソが!!自分らで何とかしろ!!
手伝わなかった。
しかし腹が立ち過ぎたのに加え
あまりにも寒すぎて、ろくに眠れなかった。
やばい。
もうすぐ、また朝がくる。
そして眼球が、バッキバキに痛い…!
…そうだ
コンタクトレンズを丸二日も付けっぱなしだ。
水道水で、、洗浄を、、!
蛇口を捻るも
…そうだ!水、止まってんだよ!!
・最悪(7/7)
何、条件反射で水道の蛇口捻ってんだよ…。情けねえ
もちろん洗浄液も、メガネも持って来てねえ
視力が良い方は分からないと思うのだが
視力検査の一番上の「C」すらボヤけて全く見えない俺ぐらい視力が悪いと、裸眼では生活に支障が出る。
個人的には、これが一番困った場面だった。
仕方なく、路肩を流れる山水でレンズを洗ったが
ただ眼球が凍えるだけで、バッキバキの痛みは変わらなかった。
そうこうしてるうちに
また朝がきた。
今度は、夜中に燃えていた付近とは全然違う別の箇所から出火したらしく
これから、そこへ向かうらしい。
しかし、もう限界だった。
どんな自己暗示も、自己啓発も効かない。
どんな同調圧力にも屈しない自信がある。
カラダが全く言うことを聞いてくれない。
みんなが揃うまで道路に横になった。
しかし人間のカラダというのは不思議なもので
二日間、寝れず飲まず食わずで
全く動けなくなってたのが
太陽の光を浴びたら、カラダが動いた。
地獄の三日目が始まった。
つづく
次回「地獄の自己新記録 〜3月13日未明から14日にかけて〜」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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