岡市 尚士
東日本大震災17日目で田の浜に現れた阿部宏司 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第153話」
…阿部さん!?
村が、全く違う世界に姿を変えてから17日目
この異世界に、現実世界から異次元ワープしてきたかのごとく車から降りてきたその使者は
紛れもなく、あの草柔会岩手代表で、プロレスごっこで居酒屋出禁になって、水かけ祭りにも一緒に出た
あの本物の、阿部宏司本人!!
え!!!!
なぜここに?!
まさかここに居るはずのない驚きを爆発させ昼飯時にそぐわぬ大声を発してしまったのだが
そんな俺とは対照的な、阿部さんの神妙過ぎる表情と
そして彼のまとう″日常的な清潔感″から
あらためて、俺らは被災したのだと
しみじみ痛感した。
ていうか、どうやって田の浜まで辿り着いたの?!
なんせ岩手は広い。
同じ岩手でも内陸と沿岸は全く別の国だと思ってる。
当時、阿部さんが住んでいた一関市大東町から田の浜まで車で2時間30分近くはかかったはずだ。
そして地域差ハンデも少なからずある。
われわれ沿岸の人間というのは週末、内陸まで遊びに出かけることも多く。たとえば盛岡、花巻、北上方面まで2時間以上の運転なんてのは慣れている。
しかし内陸の人々は釣りやマリンスポーツでも嗜んでいなければ、こちら山田方面に来る機会はまずない。
土地勘もない山田町へ向けての長距離運転ほど退屈なものはないだろう。
しかもその山田町の中でもこちら船越地区は最南部に位置しており、その船越の中でも
わが村/田の浜というのは″最果ての地″
僻地の中の僻地なのだ。
それをピンポイントで捜し当てるのは2時間30分近くの長距離運転以上に超困難だったはずだ。
しかも、それだけではなく
阿部さんは車に大量の物資と20リットル分のガソリンを積んでいた。
会いに来てくれただけでもありがたいのに物資まで…
そんな阿部さんに俺は、無茶なお願いをしてみた。
「母さんに会いたい」と
山田町内で生きているとは聞いたけど、町内のどこにいるのか分からない。
しかし、それを快く聞き入れてくれた阿部さんの車に乗せてもらって俺は
津波以降、初めて船越半島から脱出した。
しかしその惨状たるや、どこも凄まじく…
瓦礫が無理矢理端っこに退けられ、一応道路のようなものは、あるにはあるが
行けども行けども戦地のような
変わり果てた山田町だった。
特に、町内の焼け跡は田の浜よりも広範囲で
その焼け跡の町を、現実時代の記憶を頼りに歩くと
職場跡地で瓦礫整理をしている母親がいた。
向こうも俺に気付いてビックリしていたが親子同時に涙を流したのは、おそらく俺の出産時以来だろう。
今は、職場の人達と山田南小学校の体育館に避難しているらしく、ちょうど今その体育館前で
レスリング関係者達が、鉄板で焼きそばを焼いていて避難してる人達に振る舞ってるから行こう!となり
駆けつけてみたら上野先生や奥さんはじめ関係数名が元気に焼きそばを焼いていた。
いやぁみなさんご無事で!
というか上野夫妻の放つ独特の明るいオーラは
自宅が全壊しようが以前と変わることはなく
俺にとってはレス部減量時代の地獄の思い出がイヤというほど詰まっている上野邸が流されてしまったのは寂しいけど、そんな悲壮感なんかは全く感じさせない上野先生と奥さんのエネルギーも手伝ってか
体育館前は非常に活気に満ち溢れていて、ひとしきり感心していると、後ろから誰かにカンチョーされた!
振り返ると山田レスリングの小僧供(笑)!!
とっ捕まえてチンコをグリグリすると向こうに走って逃げて行った。みんな被災したのにめちゃくちゃ元気でエネルギーが有り余っている。
すると、俺のズボンポケットが何やら動いている…
…携帯だ!!
なんと山田町内にはソフトバンクの電波が届いており
携帯を開くと、これまで溜まっていた尋常じゃない量のメール達が通知を開始していた…!
しかし一件一件返せるほどガラケーの電池もないし
そして何より阿部さんに無理を言って乗せてもらって来ているので、いつまでも山田町内にいられるわけではない。そろそろ帰らないと。
とりあえず親しい同級生、バンド関係、頑固プロレス代々木フォレスト柔術クラブ、トイカツ道場、コールセンター関係
その代表数人に絞って電話をかけ
「俺は無事です!みんなにもそうお伝えください」と伝えた。
目の前の状況は何も変わってはいないが
こうして阿部さんのおかげで、たった一日で個人的な色々が進み、溜飲を下げることが出来た気がする。
そして阿部さんが帰る前に
伝えておかなければいけないことがあった。
ミッツ君のことだ
(詳細は前記事「津波の直前まで柔術に連れ回していた友達が戻ってきていない」参照)
彼の存在は前から阿部さんには伝えていて、そろそろ草柔会岩手にも連れて行きたい旨も話していた。
そんなミッツ君と、津波の直前まで一緒にいて柔術の練習をしようとしていたこと
だがミッツ君は今のところ戻ってきていないこと…
なかったことにする事は決して出来ない、それら事実を打ち明けた。
そして皮肉にも、地震発生時にミッツくんと俺がいた山田レスリング道場のギリギリの所で津波は止まり
道場の方は、ほとんど無傷だった。
奇跡的に助かったそんな我が学び舎に、今回山田町に来たついでに阿部さんに紹介しがてら寄ったのだが
まさかこの数年後、この阿部さんが発起人となり
この山田レスリング道場で「山田町ブラジリアン柔術練習会」なる練習会が毎週開催される事になるなんてこの時は全く思ってもみなかった。
その山田町ブラジリアン柔術練習会についての事が、震災から十年経った先日。NHK岩手の番組で取り上げられたのだがこちらの3月29日放送分で観れます。
そして当時、阿部さんは俺に気を使っていたためか、それを言っては来なかったが。初めて田の浜を訪れたこの際に何枚か写真を残していたらしく
このブログが震災編を迎えるにあたり
それら写真のデータをたくさん送ってもらったのだが
なんと、その写真の中の一枚は
偶然にも…
津波前、俺がミッツ君を車から降ろした場所だった。
津波直前、ミッツ君を車から降ろした場所。結構な高台である。
俺はスピリチュアルなことは全く信じないが
阿部さんが初めて田の浜に来た
2011年3月27日という一日は
山田町において根絶したと思われていたブラジリアン柔術の灯が、いずれ阿部さんによってまた点けられる事になる上で歴史的な一日だった事は間違いないだろう。
そんな3月27日の、二日後…
デジャブが起きた。
お昼にみんなが食べるカップ麺用のお湯を沸かそうと屯所の前で作業していると
目の前に一台の車が
…横田くん!!!!
まさか居るはずのない
高校レスリング部時代からの盟友・横田毅が
田の浜の消防団屯所に現れた!!
つづく
次回「鎖国解除した四月の被災地には、人間の優しさや愚かさがたくさん歩いていた」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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