岡市 尚士
東日本大震災〜地獄生還後の集団生活に垣間見える人間の愚かさと違和感〜 「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第151話」
早朝、尿意で目覚め
オシッコしに外に出ると
消防団屯所の前で田の浜のオジサン数人が焚き火台を囲んで暖を取っていた。
俺も寝ぼけ顔の一服ついでに暖に加わる。
オジサン達に回し読みされていた新聞が
最後に俺のところに回ってきた刹那、
トップ記事の見出しに
寝ぼけ顔が吹き飛んだ。
「…なに!?、、東日本大震災だと!?」
3月11日〜14日の″地獄″から生還した我々の朝は
自衛隊から届けられた、この衝撃のニュースとともに始まった。
(″地獄″の詳細は前記事「地獄の自己新記録 〜2011年3月13日未明から14日にかけて〜」参照)
《全6項目》
・東日本大震災だと!?《1/6》
俺ら東北の太平洋沿いだけだったのか…
なんだ、この人生
…と、被災した全員が思っただろう。
そして、俺らには全く馴染みはないが今回の震災では福島県の原発というのが大変ヤバいらしいという内容も新聞には書いてあった。
しかし唯一救いだったのは
伝聞のまた伝聞で後輩のジョウジから伝え聞いていた「東京タワーが壊れたらしい」から想像する
崩壊する東京、そしてやがて訪れるであろう奪い合い殺し合いの時代が
俺の単なる思い込みだったという事である。
東京のみんなは無事だ!!
俺も無事だということを早くみんなに知らせたいが、その術がないのと、そんなことでどうしようと言っていられる余裕が今はない。
山火事は幸いにも大きい塊は収まったが(また出火はするのだが=土中の根っこで燻ってるのが原因)
遺体の方に関しては
まだ、一日で何体も見つかる。
そのため今日も朝から、焦げ臭さと悪臭が入り混じる瓦礫の中を日暮れまで歩くのだ。
当時、ガラケーで生存地帯から撮った唯一の震災直後の風景。正直もっとたくさん残しておけば良かった。
・瓦礫に埋もれ、腐敗の進む遺体《2/6》
見つかる遺体は、当たり前だが日増しに腐敗が進み、匂いも日増しに強烈になってくる。
そして身体の一部が破損してるケースもよく見るようになってきた。
正直、肉親以外だと触れるのを躊躇したくなる。
そのため遺体を瓦礫から搬出する際、ヤケクソ気味で勢い任せでやってしまっては遺体に傷付いたり千切れたりしてしまう恐れがあるので、人道的にそれだけはやってはいけないと思っている。
ほど良い力加減が求められるのだが、これを平常心で行えるわけもなく、意識の上から″気合の幕″を被らなければしっかりと作業ができない。
おまけに悲しむ御遺族が現場近くにいたりすると胸を引き裂かれそうになる。しかし何度もこういう現場に出くわしていると我慢するのが段々疲れてくるので、泣ける時は遠慮なく、もらい泣きするようになった。
そんな、地獄生還直後の光景だが
俺個人の個体としては元気だ。
自衛隊介入後、個人として困る事は何も無くなった。
・野郎単体の場合、生きるために必要な物ってそんな多くなくても済むのかもしれない《3/6》
3月14日を皮切りに
自衛隊からの救援物資が田の浜に次々と投入された。
村の至るところに仮設トイレが設置され
消防団屯所にも人数分まかなえるほどの布団類が届き
車庫は日増しに食糧のストックが増えていった。
コンタクトレンズ付けっぱなし問題も、生存したお宅に奇跡的に余っていたという保存液を屯所に一本寄付していただいたおかげで解消した。
他に、何が要る?
俺はもうこれで充分だった。
格好だって3月11日からそのままで、もちろんパンツも替えてないが全く気にならない。誰の体臭も自分の体臭も感じない。おそらく一日中瓦礫の中にいて鼻が麻痺してるんだろうが
そして、この瓦礫のどこかに我が家も埋もれているんだろうけど、東京から帰ってくる際に引越しパックにぎゅうぎゅうに詰め込んで大切に持ち帰ってきたはずの私物ですら何があったかパッと思い出せない。
無くなっても、大して困らないものばかりだったんだろうな。
そういう意味では健常者の成人男性というのは生きるのが簡単な生物だ。
女性、子供、老人、障害者、病気や疾患持ちの方々は生きるために必要なものが絶対あるが
野郎単体だけなら、こんなもんで充分だ。
・風呂を作った《4/6》
こんなもんで充分だと思ってるのは、どうやら俺だけらしく、みんなせめて風呂には入りたいらしい。
そして同級生ヒデから「山火事が落ち着いたら一緒に風呂を作ろう」とずっと言われていた事もあり
震災10日目くらいでようやく着手した。
元々ヒデが風呂釜(薪で火をおこし湯を沸かす原始的なタイプ)を持っていて
これさえあればあとは簡単だ。材料なんかも目の前に無数に広がってる。不謹慎だが瓦礫は資材の宝庫だ。
まず浴槽を地上から引っぺがしてきて、釜と浴槽とを繋ぐゴムホース、煙突を合体させれば完成だ。
とりあえず消防団屯所の前に設置することにした。
しかし、いくら村人の多くが去り、夜はほとんど無人だからとは言っても、路上で全裸というのはさすがにみんな抵抗があるらしく(笑)
オプション追加で、運動会とかでPTA役員達が陣取るようなテント、その周りをブルーシートで囲い、それらが風で飛んでいかないように、これでもかと土俵をくくりつけて正式に完成した。
あとは山水をプラスチック樽で何往復分か汲みに行き沸かすだけなのだが、初めての火おこしは難航した。
津波が去ったあとはあんなに燃えやがったくせして、いざ燃やそうと思うと中々燃えてくれなかった。
結局「風が吹けば火は燃えやすい」という我々が最近まで散々悩まされていたことに気づくまでテント内で一時間くらい要してしまったが
うちわによって大きくなった炎によって湯を沸かす事が出来たのは人間として大きな収穫だった。
そして早速この日から消防団員や近隣の人達に使われ始めたこの風呂は、のちに被災地取材しに来るテレビクルーにも何回か取材される事になる。
これで風呂にも入れるようになったし
もうこれ以上の贅沢はないだろう。充分だ。
しかし人間というのは愚かなもので
たった数日で信じられない光景を目にした。
「食べ残し」である。
・早くも平和ボケする被災地《5/6》
食べ物を残して、あとで食うでもなく結局粗末にしてしまう行為は、肉眼で確認できる「平和ボケ」の中でも日本人にとってはポピュラーな行動のひとつであると思う。
だからといって平和ボケそのものが悪い事だとは全く思わない。なぜなら平和ボケこそが平和の象徴だからだ。むしろ良い傾向だとも思う。
だが、たった数日前
瀕死の状態でトマトにかぶりついた地獄の雪山を経験しておきながら、早くも平和ボケできてしまう手軽な神経が全く理解できない。
一人が残すと「俺も、俺も」と続く
そればかりか連日、全国から届けられる食糧によって車庫はスーパーのバックヤード並に溢れ返り
その中には田の浜では見たこともないような英語表記の缶詰類もあったりして
それらに容易に手をつけ「あ、やっぱり要らねえ」と捨てるような行為をする者まで現れる始末で
被災地の最前線で見る愚の骨頂ほど愚かなものはない
コイツら「千と千尋の神隠し」みたいにブタになって一生戻んな!と腹を立てつつ、まあ捨てるのであれば食ってあげた方がマシなのでと残飯処理班みたいな事をしてあげた俺の方が現実世界ではブタになったのは許せない。この後、二ヶ月で7キロも増量する。
そしてこの食糧問題の他に
″妙な違和感″が
毎日、死の現場に立ち会う内に芽生え始めた。
・死んでから優しくすること/される事の妙な違和感《6/6 最終項目》
御遺体があがるたびに、ご遺族や我々は故人に対して弔いの言葉を投げかける。
しかし故人本人の耳には、自分に投げかけられている他人からの声はもちろん聞こえていない。
「精神世界で聞こえている」というのは生きてる人間のために都合よく発明された考え方だと思っている。
ではこの故人は生前、周りの人達とうまくやっていて
いい人生だったのだろうか?
どうか、この人の人生は、いい人生だった。
…で、ありますように!
と、今さら取り返しのつかないことを、御遺体をあげ続ける日々で願うようになった。
でも、そんなの今さらなんだ。
死んだら全てが今さらだ。
もしも、生きているあいだロクに人から優しくされず死んでからはじめて優しくされる世界なのであれば、この世は地獄だ。
まあ馴れ合いすぎも気持ち悪いが
しかし、この田の浜という土地は悪口の方が目立つ
それは被災地と呼ばれはじめて数日経った今も大して変わらない。生き残らせてもらった分際で、そういう人間が後を絶たないというのは
これはもう田の浜どうこうという問題ではなく
もう人間自体が駄目なんだろうな。
俺らは愚かな生き物なんだろう。
そんな、どうしようもない事を考えながらも遺体捜索の範囲は日に日に広がっていき
母校の船越小学校近く。そう、ちょうど地震の日に、直前まで一緒に柔術の練習をしていたミッツ君を車で降ろしたあたりまで、震災後初めて歩いてきた。
すると、たまたまミッツ君のお母さんも来ており
震災後、初の再会だったので
どこの避難所に行かれてますか?と尋ねたら
「ミツル、まだ戻ってきてないの」と
どういう意味の「戻ってきてない」なのか分からない返答が返ってきた。
つづく
次回「津波の直前まで柔術に連れ回していた友達が戻ってきていない」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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