岡市 尚士
EYE OF THE TIGER「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで/第173話」
2015年。
日課として定着したスクワット100回をこなしているあいだ俺の脳内には「アイ・オブ・ザ・タイガー」が再生されている。
言わずと知れた「ロッキー3」の主題歌である。
というのも、暫く前にTSUTAYAで映画「ロッキー」の1〜4を借りて久々に観たら「3」が妙に気に入って
…と、ここまでなら別にブログで取り上げる程の話ではないのだが、このレンタル期間中に起きてしまった異常現象によってロッキー3は自分の柔術を形成する上では絶対に欠かせない成分となった。
そんな「3」をかんたんに説明すると、映画の前半で世界王者ロッキーは、まるで″虎の眼″をしているギラついた新鋭/クラバーラングに無残にKOされる。
ハングリーなクラバーラングと、かつては自分だって ″虎の眼″をしていたじゃないかと再起を誓うロッキー
この対比に、主題歌はこの曲以外考えられないだろう「アイ・オブ・ザ・タイガー」(虎の眼)という絶妙な設定が、俺の琴線に触れないわけはないのだが
数ヶ月前に肋軟骨を負傷し、しばらくスパーリングが出来なくなった時に松尾″タンク″健史先生から助言(前記事参照)されて以来、一日も欠かさずに黙々とスクワット100回をこなすようなった身からすると
劇中では富も名声も既に手にしているロッキーよりも暴君ではあるが、一人で毎日黙々とボクシングに向き合うクラバーラングの方にシンパシーを感じ
…とは冒頭でも述べたが、別にブログで取り上げる程の話ではないし。運動をしている/していないに関わらずクラバーに感情移入する人は大勢いるだろう。
しかし本題は、そんな時に発生した異常現象である。
それはレンタル期間一週間のうちの何日目だったかは覚えていないが、クラバーラングが主題歌をバックに町をロードワークしているシーンがやたらとヤル気のツボを刺激するので
画面越しのクラバーと同じようにギラギラした面持ちでスクワットをしていると
俺の脚元に
居るはずのない幻影…
こ、コレは…!!
デラヒーバフックを俺にかけている相手が
脚元に見える!!
…同じ動きだ!!
スクワットと、デラヒーバフック解除って同じだ!!
…ていうか、それだけじゃねえ!!
次々と、幻影達が浮かび上がった。
パスまであと少しの足首を挟まれているシーン、片脚タックルを耐えられているシーン、レッグドラッグをしようとしている時に暴れられそうなシーン、etc…
見える…!!
「闘い」がスクワットの中に見える…!!
あの日を境に
それまでは、ただキツいだけの屈伸運動にしか過ぎなかったスクワットが
″擬似試合″となった。
今まで試合で負けた人達とか、俺と同じカテゴリーの茶帯ライトフェザー級にいつも居る選手達。
彼らは毎日、スクワットの脚元に現れる。
もちろん家や道場で出来ない日もあるが、闘いは外でだって出来る。
高架下、コインパーキング、夜の公園…
人目につかない場所を選んでいるつもりでも、そりゃ通行人に目撃される時だってある。
さっき険しい顔でスクワットしてるオッサンが暗闇にいたぞ。と思いたい奴は思えば良い。
俺は虎の眼で宿敵達と闘っているのだ。
妻の祖母が急逝した際も、仕事終わりで新幹線に乗り葬祭センターに直行したのだが、さすがに悲しむ親族を前にして虎の眼になるワケにもいかないので
こっそり給湯室に隠れ、クラバーラングに豹変していたところを妻に見つかった時はさすがに呆れられた。
しかし常人には理解できないだろうが
親族が亡くなろうが、お正月だろうが、それは闘いを止める理由には全くならないのだ。
そして同じ頃、江古田周辺を長男連れて歩いている時
すごい事を閃いた。
「ハーフへの抑え込みをトップゲームの主軸にすればパスガードの成功率は上がるのでは?」
なぜなら
ガードに戻そうとしている時、パスが未遂に終わる時
ハーフが近づく瞬間というのは
我々が思ってる以上に、我々の脚元を通り過ぎていってるはずなのだ。
それを見過ごしたり、気付かなかったり
あるいは有耶無耶にしたり。
そこらへんに無数に転がってる割には、たいして注目されていないハーフにこそ、我々が今夜も道場に行き解明したがっているモヤモヤの正体が隠れているような気がしてならない。
そして江古田のクラバーラングはもう一つ発見した。
我々のほとんどが「左方向」に向かってパスガードを仕掛ける。それが何故なのかは分からない。
という事は我々のほとんどが左方向に向かうパスには慣れているという事である。
ならば単純に、パスガードの成功率を高めるには
我々が慣れていない「右方向に向かうパスガード」を徹底すれば良いだけの話である。
実際、ボトム目線で見ると右方向のパサーは苦手だ。
パスガードに左も右も関係ない。
このパスガードに関する持論
そしてスクワットの毎日により
代々木フォレスト、MEWEの先輩方が身に纏っている「目に見えない不思議なパワー」に自分が近付けているのか、どうかは分からないが
間違いなく柔術の質は上がったと思う。
実際、パレ東/昼柔だけじゃなく、各セミナーで設けられるスパーリング、そして他道場に出稽古に行った際にもパスガードを完遂出来る場面が増えた。
その相乗効果もあったのかは分からないが練習環境も全体的に底上げ出来ている感じがする。
それまで指導者の立場にあった高田馬場道場でも
生え抜きのICI君がハーフガーダーとして成長し
この春トイカツ道場に社員として入社した寒河江さんがすでに強かったり
ネイキッドマン時代に入会したアラフォーの初心者、だったはずの神谷さんが、いつの間にかメチャクチャ強くなっていたり
そんな我々の行く末が、これからどこへ向かうのか
それは誰にも分からないが
俺個人としては、あと少し欲しい。
それさえあれば、この世に思い残す事は何もない。
そして迎えた、2015年の全日本選手権。
昨年、茶帯昇格からほんの数ヶ月で迎えた全日本とは明らかに違う。
江古田のクラバーラングはギラギラ燃えていた。
しかしそんな虎の眼にも若干の不安材料はあった。
それは今回の全日本選手権
同じ茶帯ライトフェザー級には
命の恩人こと
草柔会岩手代表/阿部宏司が名を連ねているのだ。
同じトーナメントに揃って出るのは初めてである。
お互い「畳の上で会えたら最高だね」とは昔から、常々言い合っていた。
でも出来れば、阿部さんとは決勝戦でやりたい。
中途半端なところでは闘いたくない。
そんな想いから
JBJJF(全日本ブラジリアン柔術連盟)に
メールを送った。
「リバーサルジム新宿MEWE所属の岡市です。いつもお世話になっております。今度の全日本選手権のことで相談があります。出場予定の茶帯ライトフェザー級にエントリーしている草柔会岩手/阿部宏司選手なんですが彼とは岩手時代の元同門であり嫁同士も友達の家族ぐるみの付き合いでもある仲なので出来れば決勝で当たれるように別々の山に振り分けていただきたく思っております。無茶な相談だとは重々承知しておりますがご検討いただければ幸いです。」
それに対する連盟からの返答は非常にシビアだった。
「岡市さん御連絡ありがとうございます。こちらこそいつもお世話になっております。早速ご要望に対しての回答なんですが、結果から申し上げますと御期待には添えかねます。まずトーナメント表は自動システムでランダムに作成されますので調整は不可能です。仮に岡市さんの所だけ我々が後から手作業で修正いたしますと他の選手の要望も聞き入れなければならなくなります。大変申し訳ありませんが御了承下さい。」
と、こんな感じの内容だった。
しかし、この俺の想いが
柔術の神様を通じて、自動システムに伝わってくれたのかどうかは分からないが
試合前日に発表されたトーナメント表
阿部さんと俺は、別の山に振り分けられていた。
しかし残念ながら
阿部さんと俺が決勝で出会う事は叶わなかった。
そして柔術の神様は、忘れなかった。
虎の眼だとかホザいてる割にはかなりビビって連盟に送ってしまったメールの事を
メールに対する本当のアンサーが返ってきたのは
これから、ちょうど一年後…。
2016年全日本選手権の前日
公開されたトーナメント表を見て
俺は目を疑った。
初戦・阿部宏司(草柔会岩手)
つづく
次回「俺の人生にも一度くらい、幸せな時があってもいいだろう」←読めます。
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この記事を書いた人
岡市 尚士
ブラジリアン柔術黒帯。第17回茶帯全日本ブラジリアン選手権大会優勝。茶帯全日本マスターズ選手権優勝、茶帯全日本ライトフェザー級2位、JBJJF全日本マスターズ選手権マスター1紫帯ライトフェザー級優勝、全日本コンバットレスリング選手権大会/58キロ級3位、レスリング岩手県高総体/52キロ級準優勝、レスリング岩手県民体/56キロ級準優勝、レスリングジュニアオリンピックカップ/48キロ級3位と多彩な実績を持つ。
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